ニュージーランドへの祈り
◆皆さまの命の無事と、救助作業が一刻も早くすすみますよう、
こころからのお祈りを、捧げさせていただきます。
◆実は、ちょうど1週間ほど前、自然の神々から啓示を得て、
NZ自然賛美のブログ記事(下書き)を綴りはじめたのだった。
2月22日の早朝、その41篇のシリーズ記事をすべて書き終え、
ごく数人の友人に原稿を送信して、仕事場へと向かった。
そうした矢先に、クライストチャーチ直下型地震の速報をネット上で知り、
煉瓦造りのクライストチャーチ大聖堂が崩れ落ちている画像を見て愕然とした。
◆42篇目の記事は、クライストチャーチのはずだった。
わたしのNZ旅人ライフとしての最終地であり、
10年間の移住生活の第1歩を踏み出した、思い出深いその地だ。
しかし、パソコンに向かってもなぜか気が進まず、2~3行しか書けなかったので、
それをデリートし、クライストチャーチに向かう直前の場面を最終章として、
シリーズを締めくくったのだ。
◆思えばクライストチャーチ大聖堂の御前で、
1人の日本人男性から阪神大震災のことを聞いたのだった。
今朝の読売新聞"編集手帳"によれば、
『命』という字は、『令』と『口』から成り、
『令』はひざまづく人を表し、
『口』は神のささげる文(祝詞)を入れる器を表すという。
人の体は聖堂であり、そこに座す魂は、祈りそのもの『愛』なのだと思う。
命の尊さをかみしめずにはいられない。
◆今・・・
ポイ(マオリの女性が歌って踊るときに奏でる2つの小さなボール)の
カーンとした響きと、あの大聖堂の鐘の音が一緒になって、
わたしの胸を強く打ちつけている。
ただ、ただ、祈るばかりである。



